【Novels】月日は百代の祝賀にて 第8話 「海端粽(みはた ちまき)と申します。これからよろしくお願いします」

庭園書庫

「ついて来なさい」と言うから、渋々ながら百代の後を歩いていく——しばらくすると、百代はある部屋の前で立ち留まった。中からトントンと小気味の良い音とともに、何やら良い匂いがする。その部屋の扉上を見るとルームプレートが掲げられ「家庭科部」と書かれていた。
身に覚えのある良い匂いは、毎朝良く嗅ぐ匂いから「味噌汁だろうか」と想像を巡らせ——そういえば朝ごはん何だったか。
「失礼するわ」
 そんな俺の考え他所に、目的のある百代は俺の様に食欲へ気を取られることなく、部室に入っていった。
 普段訪れない部室にためらいなく入る度胸はさすがだなとは思う。
 
                    *

 部室内に入ると熱心に部活動、今は料理に熱中していた生徒達がこちらを見る。見知らない人物による突然の来訪に戸惑っているのが目に見える。正直申し訳ない気持ちは大いにある。
百代の方はというとあたりを見回した後、目的の人物を見つけたようで部屋の奥、おそらく新入生と思われる生徒たちが固まって料理をしているところにずんずんと向かっていった。
「海端さんだっけ」
「え、はいそうですけど……」
百代に海端と呼ばれた彼女、突然声を掛けられた少女は小さな味見用のおたまを持ったまま固まっていた。
百代はその少女を上から下までなめるように見ると——何やら満足げにうなずいている。彼女の方はというと、すごい怖がっているけどな。
「あなた学業は優秀な方?」
 突然そんなことを聞かれ、どう答えようかためらっているようだ。
「いえ……、可もなく不可もなく平均的な方だと……」
 正直な性格なのか、伏し目がちに照れながら答えてくれた。
「そう……うん」
 何やら演技臭い溜めを作った後、
「実はね、私達はこの学校で超……学業等の向上を目的とした活動をしているの」
 少女はぽかんとした顔をしている。
「何事も人数が多いと効果的だからね、新しい仲間の一人としてめぼしい生徒を探していたのだけど、授業間の休憩時間に勉強をする熱心なあなたの姿を見かけたの」
「そうでしたっけ……」
 褒められたと思っているのか、若干照れながら返事を返した。ただ百代の目をよーく見るとなにか企んでいるような邪な感情が俺には見て取れるが。
 海端の表情を見てタイミングでも見計らっていたのか突然両手で彼女の手を握った。
「そこで、あなたに一つお願いがあるの、……私達と一緒にこの学校で超常……学力向上活動に一緒に取り組まない?」
「え……、えーと」
 海端が戸惑いつつも、突然手を握られて赤面している。傍から見ると美少女同士が手を握り合って見つめているように見える。何か倒錯的な雰囲気がして——まあこれはこれでよい眺めだなんて考えてしまう自分が恥ずかしい。

「それって、実際何をするんですか?」
 意外だった。突然部室を訪れてきた初顔の少女から、如何ともせん、面倒な頼みがあるなんて、俺だったらすかさず断りの言葉を述べてだろうからな。
「特段難しいことをする訳ではないわ。生徒達から学業等悩みに対する疑問を私たちが解決してあげたり——一緒に取り組んだり——そういったことを目的に活動をしようと考えているところよ」
 話している内容は大筋あっているが——等と付け加えているのは気になる。さすがに先程俺に話した様な文言をここでは使わないようだ。
「教師からも一室使用は許可されているの。あなたにとっても学生生活で好きに使える部屋が一つ増えるというのは有意義だと思うわ」
 その言葉を聞いて海端はしばらく考え込む。
「……わかりました。協力します」
 おいおい本当かよ、思わず心の中で呟いた。こんなに都合よく百代の思い通りになるなんて考えてもいなかった。
「英断ね! これであなたは名誉ある私活動の一員ね。悪いようにはしないから期待して」
 当の百代は海端の手を握ったまま興奮気味に、最近ドラマで見たようなタップを踏むように小躍りしている。
 話を続けていると先ほどまで海端と一緒に料理をしていた他の生徒が心配そうに海端に声をかけてきた。この部活を海端が辞めてしまうんじゃないかと危惧しているようだ。当然のことだろう。
「ただ……、今の部活は辞めなくても構わないでしょうか?」
「全く構わないわ。私もそこまで強制するつもりも迷惑も掛けたくはないから」
 その言葉に海端と話していた生徒達も安堵の表情をうかべる。彼女、海端の人柄が良く、他生徒から人望も厚いのだろうと感心する。
 百代とふと目が合い、あからさまに何か思い出したような表情を浮かべる。完全に忘れていたな。
「ああ、それからこいつは小綬と言ってね。私たちの仲間よ」
 海端はこちらに向き直ると綺麗な姿勢で甲斐甲斐しく頭を下げた。
「海端粽(みはた ちまき)と申します。これからよろしくお願いします」
「……あ、ああよろしく」
 改まって彼女と向き合って気付いた。参った。すごい美人だ。百代がすらっとしたモデルのような美人だが、海端はおっとりした大人っぽい雰囲気も纏っているが、子供っぽくもある透きとおる純真そうな瞳が印象的だ。ただ何より……先ほど見とれてしまったくらいスタイルがいい。こう言うと変態っぽいが、まあ俺も男だ許してほしい。
「あんた、顔に出てるわよ」
「な、なにがだ。初対面だから挨拶をしただけだぞ」
 後ろから百代に的を射た言葉を投げかけられ、驚き焦り言葉を濁したが、百代はあきれた表情で「まあいいわ」と小言を呟いた。

家庭科部に迷惑を掛けてしまうような海端さんとのやり取りを終えた後、また百代と図書準備室に戻って来ていた。
 海端には家庭科部の活動を終えた後、この部屋まで来るよう伝えてきたので、それまで百代としばらく彼女を待つことになるわけだ。
「……というか、何で彼女を誘おうと思ったんだ?」
「なんで?」
「海端の勉強に取り組む姿勢に気を引かれたと言っていたけど、お前の言う活動目的とは関係ないだろう?」
 俺の質問に少しだけ間を取った後、百代は誇らしげな笑みを浮かべた。
「直観よ」
「直観?」
「直観よ。直観」
 いや、その言葉が聞こえなかったわけではない。
「この学校に来てからいろんな生徒を観察していたのは事実だけど、別に学業がどうこうとか、そんな些末なことは関係ないから」
「……その直観の具体的な理由は何なんだ?」
「そこら辺の有象無象を眺めている中、彼女は光って見えたのよ。まあ、私の美的センスにかなったというところね」
 同意しかねる言葉を躊躇なく並べていく百代。半場呆れつつも、ただ一つお前の美的センスに共感できるところはある。確かに彼女は俺にも輝いて見えた。
「小綬も、うれしいでしょ」
 俺の顔を見て「にやり」と表情を変える百代。思わずと頷いてしまいそうなだったが、何とか言葉を飲み込む。
「うれしいとか、まあ、そんなこと考えている訳ではないけどな。それにおまえと違ってまともそうな感じではあるからさ」
 ちょっとした嫌味で反撃してみたが、半ばあきれた目で「あっそ」と帰って来るのみだった。
 こう言うのもなんだが、俺の気持ちを何度も的確に見透かされ、百代の人を見る目は多少信頼はできる。なんてったって海端を見つけたのだから。

                       *
 
 海端さんが部活を終えるまでの束の間。百代は鞄から取り出した自前の文庫本を読み、俺は準備室内の年季の入った本を何気なく眺めていた。
海端さんは本当にここに来るのだろうかと若干不安はあったが、彼女と初対面の印象では無下に約束を破る印象は受けなかった。
「ごめん下さい。海端です」
 読めそうな本がなかなか見つからず手にとっては元に戻す行為を複数回繰り返していると扉を叩く音とともに礼儀正しい声が扉の向こうから聞こえてきた。
「待っていたわ。入ってきて」
 百代が入室を促すと失礼しますと声を掛けながら、恐る恐る海端が部屋内に入ってきた。
「少し遅くなってしまいました」
 時間はちょうど午後五時を回ったあたりだ。他の部活も大体この時間で切り上げて帰宅時間にはいっていた頃だと思い出す。海端さんと目が合うとこちらに向かって会釈をするので俺も会釈を返した。
「問題ないわ、こちらからお願いしたことだから」
 そう言いながら百代は海端さんを部屋に設置されている椅子まで手招きした。百代の向かいに腰掛けた海端さんの横の椅子に何気なく向かうと「あんたはこっちよ」との百代に上から指示をされ、渋々斜め向かいの席に座らされた。

「それで先ほど伺った話なんですけど、実際にはどのような活動を行うのですか?」
 海端さんからの当然の疑問を投げかけられた百代は、目を丸くさせたまま席を立った。
「それはね、うん、これよ」
 百代がカウンターに置いてあった貸出しカード入れ、もとい依頼箱を持ってきた。
 海端がそこに書かれた文面を読み、戸惑った表情を浮かべる。
「あの……、これよって、どういう事ですか?」
 そりゃそうだ。
そこに書いてあるお題目は聞いていた話と違うだろうし、文面も一般人の常識から少しばかり外れてあることが書いてある。
「海端、引き返すなら今のうち……痛っ」
 海端のことを思って助け舟を出そうと思ったが、文字通り横から足が出てきた。
「何も学業とは学校だけで学ぶものが全てではないのよ」
「……へえ?」
 虚を突かれたのか、ぽかんとした表情を海端は浮かべる。
「そこに書いてある言葉の意味はね、このほ、でなくてこの地球上にある万物の不思議をも解き明かしたい、そういう高尚な活動も指しているの。学ぶ意識があれば何でも学業につながるものよ、そうよ、急がば回れよ」
 やましい気持ちが見て取れるようによく喋るなぁと思いつつ、この言葉で海端が説得できるのか限りなく不安だったのだが——彼女の表情を見るとそれは杞憂だったようだ。
「そんな深い意味があったなんて……、私、考えにも及びませんでした」
 俺も考えになかったぞ。いま初めて聞いたからな。
「海端さん、あなた幸運よ。この活動には私の眼鏡にかなった人しか参加できないから」
 そう言われると悪い気はしないが、ただ俺の場合は監視などという不愉快な事情があるから素直には喜べないが。
「選ばれたなんて、そんな……、はじめて言われました。うれしいです」
 当の海端の方はというと、上手いこと持ち上げられ、照れてうつむき喜んでいるが、百代の方はしてやったりとばかりの表情を包み隠さず、思いっきり顔に浮かび上がらせている。

 その後は互いの連絡先を交換した後、丁度良いタイミングで面識のない教師が空き教室の見回りに来た。百代が口八丁でその場を取り繕うと俺たちは慌てて帰宅の準備に入った。
「よーし、じゃあ決定ね。とりあえず今日のところは遅くなってもいけないから、この辺りにしておきましょうか」
 そういうと百代はスキップしながら軽い足取りで「また明日ね」と告げ、準備室から鼻歌を交えながら出ていった。
「海端、本当に良かったのか?」
残された俺も帰り支度を済ませて帰宅するところだが、一つ心配があった。
「何がです?」
「考える間もなかったんじゃないか?」
 百代の威勢の良い押し問答で、嵐のように海端を押し切り断れなかったんじゃないかと、俺は多いに不安だった。
「……そうですね。確かに百代さんの説明だけでは不安なところもありますけど……」
 海端はこちらを見ると俺の方に近づいてきた。顔が近い。
「常識人な小綬さんもいますし、安心です」
 海端に息遣いを感じるほど至近距離で言われると恥ずかしいな。それ以上にうれしい気持ちが勝っているが。
「それに気になる事もありますから」
「何かあったのか?」
 真面目面持ちで、俺の目を真正面から見返してくる。
「……小綬さん、途中までご一緒してもいいですか」
 鞄を手に持った海端がそう提案した。

海端と校門をでると、春先ではあったのだが既に辺りは薄暗くなり始めている。
 周りに生徒の姿はあまり見られなく、これは俺にとっては好都合だった。誰かに見られようものなら、余計な勘違いされる可能性がある。
 けれどもさ、それを理由に海端との下校を断ることもないし、断りたくもなかったという本音もある訳だ。
 横を歩く海端に目を配ると彼女は整然とした表情で歩みを進めている。
 ……俺が考えているような甘い考えは毛頭にないのだろうか。少しはないのだろうか。
「うん……、寂しいな」
 思わず心の声が漏れてしまったが、その後は努めて平静を装った。
「もう遅いですからね」
 海端は、俺が発した言葉は人が少ないことを表したものと勘違いしてくれたようだ。
 とりあえず俺の気持ちを悟られないように適切な相槌を返しておこう。
「今日は良い天気ですね」

 学校の敷地内から出るとしばらく下り坂が続く。
 元来通学路ということもあり車通りは少ない。車道側には気を付けなければならないとか、こういう場合どうすればよいのか自分の頭にある知識を活用してみるがあまり浮かばない。
 そんな見栄を張る事ばかりを考えていると坂道の終わりにある横断歩道が目の前にある。信号にはちょうど赤ランプが点灯した。
 二人で立ち止まる形になると、海端がこちらに向き直る。薄明りと信号の灯りだけだと彼女のはっきりとした表情は分からないが、何故だか楽しい雰囲気で話をしようとしていないことは分かった。
「先ほどの話ですけど……」
 話す内容について少し躊躇っているのか、彼女の中でも言葉を選んでいるようだ。
「小綬さんは百代さんとは昔からの友達なんですか?」
「うーん、いや、この学校で始めて会ったはずだけどな」
 なんで百代のことを聞くのだろうと疑問には思いつつ、もしかしてやきもちを焼いているのかと、淡い期待が少しだけ膨らんだ。
 最近あったばかりで好かれる要素は思い当たらなく——もしかして一目惚れなのかとか、自分の容姿に自信を持ってもいいかもしれないとか、自身の良い
「そうですか……」
 心の声を遮るような海端の言葉には俺の返答に対する喜びの感情は全く読み取れなかった。
「たしか、両親の都合でこの辺りに越してきたとは聞いたけどな」
 信号の方を見ながらショックを極力顔に出さないように話を続ける。
「……小綬さん」
「なんだ?」
「百代さんは只者じゃないです」
 海端から意外な言葉が発せられ面をくらう。
 彼女の表情を正面から捉えても、百代にたいする悪意は読み取れなく、むしろ単純に俺を心配している表情しか伺えない。
「……まあ、そうだろうな」
 海端の言う「普通じゃない」が、俺自身あまりにも心当たりがあったものだから、思わずそう答えた。ただ俺の反応が予想外だったのか、海端は意外そうに口を開いている。
「なんせあいつは自分があそこから来たとほざくような奴だからな」
 俺は薄暗闇の空を指さした。
 その言葉を聞いて海端は驚きで目を見開いていた。まあそうだろう。そんなことを言っているのは、今時の年齢ではなかなかお目にかかれないだろう。
 彼女は言葉に対して何か言いたそうな、横にかぶりを振り否定の言葉を上げたいような表情をしている。
 ふと前を見ると先ほどまで目の前を通過していた車が横断歩道前で止まり出し、信号機が青に変わった。
「小綬さん」
 前に足を踏み出そうとした際、声を掛けられた。
海端を見るとうつむき加減にこちらを伺っていた。
「もし私が百代さんと同じような生い立ちだと言ったらどう思いますか」
「……」
「あ……、その、忘れてください! それに私帰りはこちらなので!」
「あ、ああ、また明日な」
 海端はそそくさとお辞儀をすると、俯きながら足早に薄明りのなかを帰って行った。
 ふと足元の違和感から地面を確認すると俺たちの立っていた場所は水たまりだった。

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