【Novels】月日は百代の祝賀にて 第9話 「A組の初霜炬燵(はつしも こたつ)だったかな」

庭園書庫

 自宅に到着した後、夕食を食べ、入浴を済ませた後リビングで涼んでいると、最近流行りのテレビゲームでの対戦をせがんでくる妹と一勝負を受けた。
 逃がさないようにしがみついてくる妹を引きはがして自身の部屋に戻ると、本日担任から出された宿題に取り掛かった。
 普段の俺のありきたりな行動を終えた後は、明日の学校の準備も手短に布団をかぶる。
 眠りにつくまでの間、何気なく天井を見つめていると下校時のことを思い出した。
『百代さんと私が同じような生い立ちだったらどう思いますか』そう言った海端の言葉が思い出される。どういう意味かは理解できなかったが、少し心がもやもやする。
 めでたく入学した学校で、まさしく「理想の美少女」という人物とお近づきになれたと大いに浮かれていたのに……一抹の不安が頭をよぎる。
「同類ではないとは思いたいが」
 類は友を呼ぶ、とのことわざ通りなら百代は海端の本質に気付き勧誘したのかもしれない。
『それは、小綬、あなたよ』
 今までに人生を思いつく限り振り返ってみても、俺は一般的な常識人だとは思う——あれこれ考えていると、余計眠れなくなりそうだ。大丈夫、俺はそっち側の人間じゃない。
 正直あまり寝つきが良い状態ではないが、これ以上考えるのを辞めよう。答えはそう簡単に出そうにないだろうから。

 翌朝、学校へはいつもより一五分程早く自身のクラスに着いた。昨夜は普段より早い時間に布団に入ったおかげか、考えていたよりは寝つきが良かった。今朝の俺は体調万全でも気分が良かったクラスメイトと挨拶を交わしていた。
 そんな良い気分で自身のクラスに入ると俺と鏡合わせのように上機嫌な百代の顔が目に入った。
「今日は早いじゃない」
「百代も珍しいな」
 俺の軽い皮肉にも百代は気にせず満面の笑みを返してきた。
 そして彼女の上機嫌の理由は、俺が聞くより早く百代が捲し立ててきた。
「今日から私たちの活動を本格化するわ」
「……」
「まさか、先に帰ろうなんて考えてないわよね?」
 俺が黙って窓から相らを眺めていると、他にも自身の活動プランなどを口上してきた。
 まあ、放課後に特段予定はない訳で、皆が目標に向かって打ち込む中で、自分にも何かしらの行動理由ができたというのは安心できる。それに準備室を自由に使えるというのはこれからの学校生活でも魅力的だ。とりあえず今は百代にとって意中の返事を返しておこう。

 朝のホームルームから授業後の放課後までに百代は休み時間ごとに教室からいなくっていた。なにやら鞄から取り出してぶつぶつ言ったり、一人で納得したりしていたのでとりあえずあまり関わらないようにしていた。
 そして放課後になると「小綬、先に行ってるわよ」と、言い残し教室を出ていった。
 百代が教室を出た後は、のんびり鼻歌交じりに鞄に教科書を片付けていると、少しばかりの怪訝な表情が読み取れる米登がおもむろに話しかけてきた。
「小綬さ……、掲示板に張られているポスターを見たか?」
「掲示板? ポスター?」
「渡り廊下に貼ってあるやつだよ、まあ怪文書のような、うん、怪文書だな」
 米登の真意がいまいちよく分からないから、同じような表情を互いに見合わせる。
「もしかして……百代かお前が貼ったんじゃないかと思ってさ」
「俺か百代?」
「そうか……まあ一度見てみればわかると思うが」
 そう言い残すと米登は俺の背中を軽くたたいて自身の部活に向かっていった。
 米登の言っていたことが少し引っかかる、まあ、図書準備室に向かうついでに見てくるか。
 鞄を抱えて渡り廊下まで向かうと先ほど話題に上がった、部活紹介の紙が所狭と貼られた昔ながらの学内掲示板が見えてきた。
 それぞれの熱い思いを一枚の紙に記し、将来有望な人材を獲得しようと意気込んでいる。
 米登の言うような怪文書みたいなものとはどんなものかと若干期待をしつつも、それらしきものは見当たらない。
 入学以来、既に見慣れた光景だが追って端まで眺めていくと——お手本の様な二度見を繰り出してしまった。掲示板の上に巻物のようなものがぶら下がっている。
 背伸びをしてそれに手を伸ばし、結ばれた紐を解き中を開いてみた。
「……」
 筆しかなしえない抑揚のきいた達筆な字が所狭しと書かれている。手書き文字特有の見づらさはあるが、この独特な字体は最近よく見るものだ。
「俺の学校生活が……」
 廊下の端まで届くほど読み進めるにつれて軽いめまいを覚えるような内容が書かれている。活動場所は最後に明記されていたが、幸いにも俺の名前が書かれていなかったことは僥倖だ。

 図書準備室の向かうまでの間、複数人からの好奇な視線を感じるたびに足取りが重くなる。百代には一言苦言を呈したい気持ちは増すばかりだ。
 準備室の前まで来ると百代の声が聞こえる。ただ、聞きなれない声も耳に入り百代の友達なのか他に誰か来ているようだ。
「遅いわよ」
「女性をまたせるなんて、たいした男じゃないか」
 扉を開けた先はいつもの部室風景ではあったのだが、意外な人物が百代や海端と並んで座っていた。
 なかなか目にかかれない程の面の良い男がそこにいた。おそらく俺よりは背が高いだろうその男は、すらっとしてはいるが決して細身とは感じない平均的な引き締まった体が服の上からも見て取れた。
 そして何故か窓際に椅子を移動させ、入り込む日の光を頼りに片手で本を読んでいた。見覚えのある顔だった。というか百代と同じく、良い噂と悪い噂が同じくらい耳に入る有名人だから、ほぼ学校の生徒たちは名前を憶えているだろう。
「A組の初霜炬燵(はつしも こたつ)だったかな」
「やはり僕の知名度は抜群のようだね」
 俺の言葉に満足気な表情を浮かべて手に持つ本のページを進めていた。
 傍から見たら格好をつけているように見えるが、炬燵の容姿も相まって実際様になっている。こいつの良い噂の部分ではある。ただ若干気障な仕草をしているのが気にはなったのだが……炬燵が手に持つ本を見ると、俺はそんな気にならなくなった。
「お前、それ何をよんでいるんだ?」
「ん?これかい。そこの本棚にあったものだよ」
 炬燵の持つ本は一般的な文庫本や単行本より薄く大きいものだった。表紙には低学年の子供が好みそうな絵も描かれている。……児童書だろうな。
「なんでその本を読もうと思ったんだ?」
「なぜかって? この本が一番僕のフィーリングにビビットしたからさ」
 周りの評判から半信半疑打はあったが、評判通りの回答に納得せざるを得ない。視線を百代達に向けると二人とも遠い景色を見るような無感情の表情を浮かべていた。炬燵の悪い噂を端的に表していたが、俺は若干親近感も覚えていた。

炬燵とのやり取りを終えた俺は百代と海端に視線を向ける。百代は俺や炬燵、海端を眺めながらなぜか満足げにうなずいている。ただ、俺の横に座る海端は俯き加減に丸くなっている。
「それはそうとして、炬燵はどうしてここにいるんだ?」
 
「それは私も気になっていたわ。……どうして私たちがここにいるってわかったの?」
 俺としては炬燵がここに来た理由を百代が知っていると思い混んでいたものだから、その返答は意外だった。
「炬燵、お前掲示板に張り出された巻物の様なものを見てきたのか?」
「巻物?」 
「そうよ」
「うん、あのよくわからないことが書いてあったものかい?」 
「いまちょっとムカついたわ」
 百代が机に身を乗り出して素直にぶつけた言葉を、当の炬燵はきょとんとした表情を浮かべ、百代はさらなるいらだちを見せている。
「あなた、私がここに来た後、分も待たずにここに来たじゃない。私が言うのもあれだけど、全てを読み理解した上でこんなに早くここに辿り着くかしら」
 百代が海端と俺を交互に見るが、もちろん俺は何も伝えてないし、海端も首を横に振っている。
「……そうだね、少し長くなるけれど問題はないかい?」
 授業が終わった後、僕は何気なく教室を出たんだ。そうしたら百代さんが何やら楽気なステップを踏んでいてね、僕も同じようにステップを踏んで付いたいった訳さ」
 炬燵の言葉を聞いた俺と海端の視線に百代の顔が若干引きつる。
「いつの間にかここにいたというわけだよ」
 誇らしげな笑顔を浮かべる炬燵。悪気とかそういうのではなく、全く何も考えずに本能のままここに来たのだろう。
「そういうことらしいぞ」
 前ばかり見てちゃんと後ろを確認しないからこうなるんだぞ、俺は呆れと哀れみを含めた表情を百代に向けた。
「う、うるさいわね! 私の背中に目がある訳じゃないんだからしょうがないじゃない!」
 百代が慌てて言い訳している横で炬燵が両手を広げ、よくあるジェスチャーで感情を表現している。

「僕もこの会合に参加してもいいかな?」
「……なんでそう思ったんだ?」
 炬燵は悪い奴ではなさそうだけど、突然来ていきなり入部を認めるほど寛容な奴の方が少ないだろう。
「僕はこの学校である人物と友達になりたくていろいろ見て回っていったんだ。
「その人っていうのはどなたなんですか? もう出会えましたか?」
 少ない情報量から、海端が炬燵に質問する。当人はしばらく難しそうな表情を浮かべ考えこんでいた。
「わからないんだ」
「へ?」
 海端がきょとんとした表情を浮かべる。
「知り合いがその人物の特徴について何か難しいことを言っていたんだが、話が長くて右から左へと聞き流してしまったんだ」
 特に悪気がなく言い張る炬燵をみて、その知り合いとやらに同情する。炬燵を見る限り、恐らく暖簾に腕押しだったんだろう。
「……どうするんだ?」
 百代にそう訊ねるとしばらく考え込んでいたようだが、考えをまとめたようで炬燵の方へ向き直る。
「まあ、成り行きとはいえここで会ったのも何かの縁だし……歓迎するわ」

「少しは相談してくれないか」
 炬燵の問題が解決したのを見計らって、俺は席に鞄をおくなり百代にたまった文句を言った。
「何のこと?」
「掲示板」
 俺がそういうと、「ああ」と言い、決まりの悪そうな顔をするかと思ったら、誇らしげな顔をこちらに向ける。
「良いアイデアでしょう」
「なにが良いアイデアだよ。ただの悪目立ちだろ」
 お前の感覚は一般人とは違うということを教えてやりたい所だが、多分に言っても徒労に終わるだろう。
「なによ。海端さんもさっきから落ち込んでるし、そんなしょうもないこと気にしても仕方がないでしょ」
 百代は気にしないかもしれないが普通はそうじゃない。海端を見て気付かないのか。机に額がつきそうで表情が全くわからない。
「私も色々言われました……。もしかしてこの間の……とか、変に目を付けられるよとか……」
 それはそうだろう。どう考えても傍から見れば同学年の学校生活から良くも悪くも、皆なより頭一つ飛び出すだろう。
「違うわよ。他の凡人は私たちが羨ましいのよ。未知の経験を掴もうとしている私達のことが、第一人者とはそういうものよ」
 鼻息荒く胸を張る百代。一理はある、と思いたいが、実際そのように考えられる図太さは正直に羨ましくもある。
「そうさ、僕たちは特別なことをしようとしているんだ。常人には理解できないんだよ」
 いつの間にかカウンターに腰かけた炬燵が百代に賛同の意を示す。
「でさ、その巻物の効果は何かあったのか?」
 その言葉を聞いた百代はおもむろに立ち上がり昨日設置した依頼箱を持ってきた。まあ想像はしていたが中身は空だった。
「ミステリアスな雰囲気を出すために場所は書かなかったけど、目ざとい凡人が気付いて何かしらアクションがあるかとは思ったのよ……だけど何も入ってなかったわ」
 箱の底を何度も確かめては不服そうにしている。
「私が来たときは何人かここの様子を窺っている人たちはいましから、少数の人には私たちがここにいることが知られていると思いますけど」
 海端がそう言うが、あれを見て興味を持ったとしても、何かお願いしようとはなかなか思わないだろう。
まず変人たちのおふざけだと思われる見た目だし、実際に依頼をしようなど、とても勇気のいることだろう。俺だったらまず訪れないだろう。怪しいし。
「どうするんだ?依頼がなければお前のやりたいことはないんだろ」
 百代は腕を組んで唸っていたが観念したのか「仕方ないわね」というと鞄から教科書などを取りだした。
「建前上は学問向上の為の活動だから、あんたたちも分からないことが合ったら聞いてもいいわよ」
実際百代の頭脳は他の追随を許さないほどだった。やはり天才には奇人変人が多いんだなと身をもって知ることになる。 
五月の半ばに定期テストがあることから俺も海端も学習に否定的ではなかった。二人とも教科書や参考書を取り出そうとしているとき、扉が三回ノックされる音が響いた。
 突然のことに四人は思わず目を見合わせる。
 百代は俺の顔を見ると誇らしげな笑みを浮かべた。こんなに早く反応があるとは俺も思っていなかったので意外だった。
 カウンターにいた炬燵が扉の前まで行くと「今、開けて差し上げましょう」と扉の向こうの人物に声を掛けた。
「……うん?おかしいな」
 手すりを持って何やら力を入れて引いている様子だが扉が開く気配がない。その理由は炬燵以外は全員分かっているだろうが。
「炬燵、お前入ってきたときどうやったんだ?」
「……ああ!そういう事か」
 そこでようやく合点がいったようで、今度はノブを握り直し、扉を押していった
 扉を開け視線を少し下に向けるとそこには一人のかわいらしい少女が立っていた。少し驚いたような表情を浮かべていたが直ぐに平静を取り戻していた。
日焼けした黒い肌に幼いが可愛いらしい面持ちの少女だった。彼女の低い身長やまだ新品に近い状態の制服をみても年上には見えない。ということは同級生なのだろう。
「……」
「…………ん?」
 あれ、なんだろう。どこかで見た覚えがあるような気がする。それになんだかこっちをみていないか?
「すみません、少してこずりました」
俺が自身の過去の記憶を辿っていると、扉前の少女に向かって炬燵がなにやら一苦労したようなことを言っているが、苦労するような要素は全くなかったぞ。
「いえ、構いません」
 そういった少女はスタスタと部屋の中まで進むと、皆の顔を確認した後、俺の顔を一瞥した。そうして何食わぬ顔で海端の隣の椅子に腰かけた。
 百代と海端は二人そろって目を点にして彼女を見ていた。ただ我に返るのは意外にも海端だった。
「……綴さん?」
 恐らく顔見知りだったのか彼女の名前と思われることを呟いた。
「お願いがあって来た」

 

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました