翌日の朝は快晴で、昨日の図書室での出来事など、一晩寝たらどうでもよくなるような、気持ち晴れ渡る、良い朝だった。
自転車を学校内の駐輪場に止めると、自身のクラスがある新校舎へと向かっていった。
顔を合わせたクラスメートと軽い挨拶をすませて、自分の机に着くと鞄から教科書を出し机の引き出しに入れていく。
「……なんだこれ」
引き出しの奥に何かあるようで教科書がうまく入らない。手を突っ込むと中から乳白色の綺麗な封筒が出てきた。
それをまた引き出しの中に戻した。気持ちが若干だが、若干なのだが、高揚している。
周りを見回すと他のクラスメートは、窓際であるこちら側見ている者はいなく、ましてやこういう事に首を突っ込みたがる米登もまだ席についていない。
窓側に体を向け、先程の封筒を開封していく。背中に俺の期待が表れていないか不安ではあったが。
ラブレターっぽいような気がする。
この学校に入り特段親しい女子がいるわけでもないが、一目惚れをされた可能性がないわけでもない。顔が特段良いわけではないとの自覚はこれまでの人生で重々承知していたつもりではあるが。
開いた封筒から一枚の便箋を取り出した。
『放課後、帰宅せずにクラスに残りなさい。かしこ 百代』
「……」
「残念だったわね」
後ろから冷めた声が聞こえてきた。少しばかり声の調子が高い気がするが。
おそらく、その声同様に冷めた笑みを浮かべて、こちらを見る百代が容易に想像できる。
今は振り返ってはだめだ。俺の気持ちを整えないといけない。
気持ちを完全に見透かされ、そんな恥ずかしさをとりあえず懸命に隠してみた。
よし、大丈夫だろう。
「何のことだ?」
「顔が赤いわよ」
「……」
「ふん」と溜息を出すと百代は話を始めた。
「昨日言った通り。あなたを監視させてもらうから」
言い訳を考えていた中、突然二度目の物騒な言葉が口から出たものだから思考がぴたっと停止してしまった。
ただ百代の瞳は真剣さに満ちており、どちらにしろ反論できそうになかった。すこしだけ百代の会話に付き合ってやるか。まあ面白そうな会話にはなるだろう。
「監視って、何をするつもりなんだよ」
返した俺の言葉に意外そうな表情を見せたことから、何をするかまでは決めていなかったんだろう。
「そうね。そこまでまだ考えてなかったわね」
顎に手を当てしばらく考え込んでいたが。
「放課後までには考えておくから」
そう話したところでクラスの扉がガラガラと開き、担任の教師が入ってきた。クラスメートが慌ただしく席に着き始める。俺と百代も会話を早々に切り上げて授業の準備を始めた。
✳︎
本日の授業も何事もなく終わり、皆それぞれ、帰宅だったり部活に向かったりする中、俺はというと早急に帰り支度を済ませていた。その俺の姿を米登が不思議そうに見ている姿が目に入った。どうしてそこまで急いでいるかというと至極単純な理由だ。
後ろを振り返るとそこに百代の姿はなかった。先生に呼ばれて何かの手伝いに向かったようだった。
このままのんびりしていると、人のことを監視するなど宣う、厄介な奴につかまる可能性が大きいからだ。
急いではいるのだが、なるべく慌てた挙動を出さないように鞄を担ぎ上げ教室を後にした。二階から一階におり下駄箱まで来た。自分の名札のかかった下駄箱を開けるとそこで異変に気付いた。
「……ない」
自分の靴がないのだ。頭を抱えて思わずしゃがみこんでしまう。
なぜだ? まだ入学して間もないし、他人に嫌われるほど目立ってもないはずだ。ましてや表面的な、当たり障りのない関係を築くことは特段不得手でもないと思っていた。
「探し物はこれかしら?」
突然かけられた声に顔を起こすと目の前に見知った自分の靴が差し出されていた。
「おお、すまない。どこにあったんだ」
感謝の気持ちを伝えようと視線を上げていき、相手を確認した。
そこには見知った人物が冷徹な微笑を浮かべてこちらを見下ろしていた。
「どうせこんなことだろうと思ったわよ」
目の前に下げられた靴に手を伸ばすと、それに合わせて靴も頭上に挙げられた。
「……やあ、百代じゃないか。どこに行っていたんだ。探したぞ」
精いっぱい取り繕ってみた。
「白々しいわね」
まあ確かにそうだろう。思わず俺も頷いてしまった。
✳︎
百代は一つ咳払いをすると、先程担任と相談していた内容を少し自慢げに話し始めた。
「喜びなさい、担任と話をつけてきたわ。放課後には使ってない教室が一つあるためそこを使っても良いそうよ」
百代の話が、俺にはよく分からない。けれど嫌な予感は徐々に大きくなってきた。
「言っている内容がよくわからないんだが」
「昨日言ったでしょ。あなたを監視するって」
やっぱりか、思わず額に手を当ててうなだれる。
まあ、百代に捕まった時点でその話に戻るのは目に見えていたのだが。
「教室を使ってよいと言われたそうだが、お前そこで何をするつもりなんだ?」
俺のことを監視するなどと言ってはいたが——まさか俺をその部屋に閉じ込める訳ではないだろう。
「いろいろ考えたんだけどね。ついに妙案が浮かんだのよ。あなたの監視と私のやりたいこと二つを実現することが」
俺の意思はそこにはないのかと思わず突っ込みたくはなるのだが。
「私はね、この星で超自然的現象とか超常現象が待ち受けていると思っていた。だけどそんなことはあまり起きないじゃない」
熱く語りだした百代だが、その言っている内容には俺は一度も遭遇したことはない。
そして、そんなことはこれからもないだろう。
「だから、こちらからアプローチすることにしたの」
アプローチ?
「そうよ、世の中の超常現象を見つけ、解決していくの。私とあなたで」
「……」
まあ当然のように百代の言葉には俺も含まれているわけだが、ここで一つ疑問が残る。
「その内容でよく、担任の許可が下りたな」
自分の率直な疑問をぶつけたわけだが、百代は怪訝な表情をしていた。
「そんなこと素直に言えば許可が下りる訳ないでしょう」
「学業に専念するために空き部屋を使いたいと伝えたら喜んで貸してくれたわ」
うん、すごい純粋な目をしている。俺にはできないな。罪悪感を感じてしまう。まあ正常な感覚だろう。
「とりあえず、その部屋に行ってみましょう。しばらく使ってない部屋みたいだから手入れも必要だろうから」
「俺に拒否権はないのか?」
百代は周りの部活などに向かう生徒と俺を見比べながら、「あんた、どうせ暇でしょ」と言った。
「そうではあるが」
その通り暇だから、なんだかんだ否定できない自分がいる。
「まあ、そういう意味では私も暇よ」
百代が少しばかり寂し気な表情をみせたからか、それ以上の反論はしようとい
う気が起きなかった。
✳︎
先導する百代に付いていき、新校舎の四階まで登っていく。ここまで来ると大体の目的地は分かってくるが……はて、こっちに空き教室なんてあっただろうか。
想像通り、俺たちは図書室の前まで来た。
「空き教室って図書室のことか」
当然の疑問を投げかけると、百代の目線はすぐ隣の小さな部屋を見ていた。
「違うわ。こっちよ」
そこに掲げられていた表札には図書準備室と書かれていた。
「そういえば見たことがあったな」
普段生徒達が訪れない部屋だろうし、俺も全く意識していなかった。この部屋に入る機会があるのは図書委員か司書教諭ぐらいだろう。
百代が取手に手をかけ扉を開けると、中からは古い本特有の、紙と誇りの充満した匂いが鼻を覆った。
室内はカーテンが閉められていて薄暗いが、普通のクラス一部屋分の広さがあることは見て取れた。中央には図書室に置いてあるような、複数人が対面して腰を掛けれるような大きく横長い机が置かれている。
部屋の左右には複数の本が棚に並べられていた。背表紙はどれも古ぼけていて、おそらく一定の年数が経過して図書室から移動させられた本だと思う。処分とまではいかない保管する価値のあるものなのだろうか。
本棚の前に立ち、本を眺めていると窓を勢いよく開ける音が聞こえた。カーテンがはためく音とともに新鮮な空気が部屋に入ってくる。窓側に目を向けると、部屋の誇りが日光で煌めきながら舞っていた。百代がカーテンを束ねている。
「少し掃除が必要ね」
窓際から部屋の中央に置かれた長机の前まで移動して、溜まった埃に手を触れながら、百代がそう呟いてこちらをじっと見てくる。
「……わかったよ」
俺はそう告げると、図書室の方へ向かい掃除道具を探しに行った。
*
掃除を終えた準備室内は大分片付き、換気のおかげか最初の誇り臭さはあまり感じない。
また、初めは気付かなかったが、扉の横には図書室にあるようなカウンターが設けられていた。昔はここも図書室の様に使われていたのだろうか。
そのようなことを頭の中で回想しながら、綺麗になった机に腰掛け百代と対面していた。当の百代は特にこちらを見ているわけではなく、部屋の隅々まで眺めて
「これが私たちの拠点になるのね」と満足げに呟いていた。
「これからどうするんだ」
「なんだ、小綬も乗り気じゃない」
そう言われるとなんだか悔しいが、これと言って予定はないし何かやることがあるというのは別に悪い気はしないからな。
「そうね、やはり超現象や幻想的なファンタジー、ファンシーでもいいわ。大事なのはどう遭遇するかよね。これが起きないとどうにもならないから」
そんなことは起きない、と内心は否定したいが、真剣に悩んでいる百代を見ていると、若干口には出しにくい。
「生徒達から情報を募ったらどうだ」
百代は腕を組み考え込んでいたが、かぶりを振った。
「うーん、一応学業に励むためにこの部屋を使うわけだし」
そうだったな。建前上、担任を納得させるためにそう言った、と百代が話していたことを思い出した。
しばらく考え込んでいたようだが、何か閃いたのか突如として立ち上がった。
「そうね! 要するにばれなければいいんじゃない」
何を思い立ったのか、急に立ち上がるとこの部屋を出てどこかに行ってしまった。
別にあいつがどこに行こうと気にはならないが、戻ってくるかどうかわからないのは不安ではある。……このまま帰ってしまおうか。
✳︎
「いいものがあったわ」
しばらくして百代がなにやら手に持って帰ってきた。どこかで見たことがあるような小箱のようなものだった。
「貸出しカードの返却箱だな」
そういえば見た覚えがある。図書室でよく見るあれか。
椅子に座っていた俺は百代に手招きをされ、扉付近にある昔使われていたと思われるカウンターの前に向かった。
「それ、どうするんだ」
俺の問いかけに何やら企んでいるような笑い顔を返してくる。
「ここに依頼とかを募るのよ。目安箱のようなものよ」
持ってきた箱をカウンターに設置すると、自身の胸ポケットをあさり出し、手帳を取りだした。
「……」
「これだけじゃ分からないからね。見出文を掲げないと」
一心不乱に筆を走らせた百代が、何やら書き終わるとそのページを破って先程の箱に挟み込んだ。何が書かれているのか気になり横から覗き込んでみる。
『困りごとがあれば当依頼箱まで。SF、ミステリー、ファンタジー、どんな依頼も万事解決! ※対価は応相談 』
雑だが愛嬌のある丸っこい字で、こんな文章を書いていた。というか対価を取る気なのか。
「別に金貨を要望しているわけじゃないわよ。こちら側が納得できるような条件を提示してくれればいいの」
「……ただでさえ何をしているか分からないのに、この文章を見たらますます依頼なんて来ないんじゃないか」
百代は「そうかもねぇ」と、俺の意見に同意した。
「建前のようなものよ。そうしないとこまごまとした話が大量に集まりそうだから」
悪戯が増えても困るというのは分かるが、ここに書かれていること自体が悪戯のような気もする。
「よし、できた」
先程の依頼箱がカウンターの上に置かれているが。ここに何かしらの依頼相談があるイメージが全くわかない。
「なんか、賞金稼ぎみたいね、うん、かっこいいわ」
しばらく満足そうに眺めていた百代は何かを思い出したかのようにこちらを見た。
「小綬、今から勧誘に行くわよ」
唐突に告げられた話に唖然とする。
「勧誘って、俺たち以外にこんなところに誰か呼ぶつもりか?」
「こんな所って失礼ね。私たちの立派な秘密基地じゃない」
そうは言うが……、今から見ず知らずの生徒達に勧誘を始めるのか、想像しないことが続いて頭が痛くなってきた。
「なぁに、目途はもうついているの。一人めぼしい子を見つけてるから」
嬉々とした表情の百代の横顔を見ながら、目をつけられた生徒に哀れみの感情が浮かんでくる。男だったらこいつの見てくれに騙されて、喜んで付いてくる奴もいそうだからな。
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