【Novels】月日は百代の祝賀にて 第5話 「俺だって探している最中なんだよ」

庭園書庫

 体育の授業がなんとか終わり、疲れきった体には二時間目以降の授業があまり頭に入ってこなかった。先生の声が自然と子守唄となり、うつらうつらとしていたら、ミミズが這ったような字がノートに書きこまれていた。
 そんな授業を三回ほど繰り返すと、午前の授業が終わり、待ち遠しかった昼食の時間になっていた。
「小綬、部活どうする?」
 体育の授業でショックを受けていた米登はこの数時間ですっかり持ち直し、いつもの調子に戻っていた。
 俺は米登と購買で買ってきた、よく見る典型的焼きそばパンを食べながら、米登と今後の学校生活について相談している最中だった。
「正直特にやりたい部活がないからな……、米登はやっぱりバスケ部に行くのか?」
 まだ口に含んでいるのにせっかちな性格の米登が話し出す。こっちに飛ばすんじゃないぞ。
「まあそうだな、此間バスケ部見てきたし、活気もあって活動自体も真面目にやってそうだからな」
 米昇は小学生、まあ正確には小学校入学と同時にバスケットを始めて、以来ずっと続けている。性にあっていたから続いたのかはわからないが、今では俺の背丈をこすまでになったからな。
「……そうだな」
 そう聞いた俺はどうするか考えていたが、これと言ってやりたいこともない。やりたくないことに時間も使いたくない面倒くさがりな性格が頭を出す。
「ただ、勉強だけに学校に来るって物足りなくないか?」
「確かにそうだけどさ」
 何度か頭を巡らして未来の充実した学校生活をシミュレーションしてみても、米登の言うように勉強だけの学校生活はやはり寂しいものだろうと想像はつく。
「この間の部活紹介でしっくりくるものはなかったか?」
「部活紹介か……」
 米登の言葉につい先日催された部活紹介の出来事が頭を巡った。
 正直思い出したくないことも記憶を掠めたが、もう一度思い返せば興味を魅かれる部活動があるかもしれない。さて、どんなことがあったんだったか。

 始業のチャイムが鳴り、普段であれば一時間目が始まるこの時間。大勢の生徒たちが教師たちに先導され体育館に向かっていた。
 照明のついてない体育館は薄暗いが窓ガラスから差し込む強い光が視界を十分確保してくれる。中に入るとすでに大勢の生徒たちが床張りを上履きで踏み鳴らしていた。
 徐々に雑多としていた生徒たちがアルファベット順に、各クラスごと右から男女で整列を始めていく。
「……はあ」
「何溜息ついてるんだよ、いいかげん覚悟を決めろ」
 俯き加減の俺に呆れた表情の米登が声を掛けてくる。

 周りの生徒たちが面白可笑しく話し込んでいる。大多数の生徒達には心に決めている部活がある者や、この部活紹介で意中の部を決めようと意気込んでいる者が多数だろう。
 生徒達のなか、俺は少し崩した体育座りでひんやりとした床に座り「ふう」と溜息を吐いていた。
 自身のクラスから体育館までは一度旧校舎をまたがないといけないため、少し距離がある。ただ溜息が出たのは歩き疲れたとか、そんな理由ではない。
 この学校にどのような部活があるのかは、事前に耳には入ってきていた。ただ現状入部したいと思うような部活はなかった。ましてや今回の部活紹介を通して、何かしらの部活に入れ、と間接的に言われているようなことも、あまり気が進まない理由の一つでもある。
 体育館の入り口に目を向けると今も続々と生徒たちが入ってきている。
この部活紹介を楽しみにしていたのか目を輝かせている奴、俺と同じように気だるそうな足取りで来るものなど様々だ。
「……」
 三人の女子たちが明るく話し込みながら歩を進めているのが何気なく目に入った。
「目立つよな、やっぱり」
 その中ひとりの同じクラスの女子、彼女の姿が目に入るなり自然と言葉が出た。
 並んで歩く同級生たちは、絵にかいたような和気あいあいとした会話のキャッチボールを楽しんでいる。
 同級生らしく、互いに分け隔てなくやり取りをしているようだが、はっきりと透きとおるような口調で話している「彼女」からは周りからの会話を受け流しているような印象を受ける。普段の言動は特殊だがどこか周りを達観しているような感覚も覚える女子。
 他クラスの女子たちを見ると、遠巻きに容姿の良い男子を見て喜んでいたりしている。まあそういうのが普通の女子だよな。
「百代が気になるのか?」
 近くにいた米登が自身の視線に気づいたからか声を掛けてきた。なんだ、そのにやけた面はと言いたくなる。
「別にお前が考えているようなことじゃないぞ、目立つ奴だから目に入っただけだ」
 俺の言葉を聞いて米登は若干つまらなそうな表情を浮かべた。
「まああいつは注目の的になるだろうな、見た目も行動も目立つし」
 恐らく米登もクラス発表での百代の噂が耳に入っていたのだろう。入学式を終えたばかりの生徒達にとって、同学年にどんな生徒がいるのかは今の時期、特に気になる事だろうからな。
 俺の耳にもそういったうわさになるような人物の名前が数人くらいは聞こえてくる。あのクラスにすごい美人がいるだとか、女子の注目を浴びるような格好の良い男子がいるだとか。

 ただ百代に付いては注目を浴びる一番の理由を、入学早々俺は良く知ることになった。
「……そういえばさ、百代って、あの百代家だよな」
「ああ、そうじゃないか」
 この学校の南側には、線路を挟んだ少し先に広大な山林が続く。その広大な土地を代々保有している百代家という名家がある。それは自分も知ってはいたが、現在の当主の子息はまだ小学生に入ったばかりだとは聞いていた。
「あの家に他に子供が言ったって話、聞いたことなかったけどな」
「さあな、俺も詳しくは知らないけど、現に百代はここにいるからな」
 横目で友人たちと歩く百代を見ながら、自分の耳に届かない、知らない話はたくさんあるだろうと納得はした。
「……なんかもやもやするな」
 クラス発表の日を思い出した。入学式に団子を手に持っていたりだとか、空に向かってあそこから来たとか——どこかで聞いた覚えのあるような話なんだが——。
                      *
 一学年すべての生徒たちが体育館に入るとクラスごとに二列に並び始め、ざわつきながらも、少しづつ男女別に整列が進んでいく。
 列が形になると、自分の定位置がだいたい分かり冷えた床に座る。女子の方も落ち着き、隣が誰なのかと、何気なく横を見ると先ほど米登との話題に上がっていた百代が座ろうとしていた。
 真横で見る百代はやはり周りの女子とは違うと感じた。年齢相応のかわいらしさ——というのは感じないが、頭一つ抜けて美人だと感じる。身長は他の女子より少し高い程度ではあるが醸し出す雰囲気や芯が通ったような佇まいが彼女を大きく見せているのかもしれない。奇抜な性格をしているが黙っていると見とれるぐらいの容姿だからな。
「何? 何か面白いことでも思いついたの」
 いつの間にか百代がこちらを見ていた。頭の中で覗かれたくはない妄想をしている間に目の前が見えなくなっていたらしい。
「ん……そうだな」
 急に言葉を掛けられ驚いたが、なんとか取り繕えた気はする。百代の怪訝そうな表情や言動には完全に固まってしまったが。
「百代はどこか入りたい部活でもあるのかと思ってさ」
「……」
 俺の問いかけに百代の眉間に険しさが宿った気がした。しばらく無言でこっちをにらみつけていたが、体育館の壇上に視線を向け、また改めてこちらに向き直った。
「本気で言っているの?」
「え……ど、どうしてだ?」
 想定外の返答に思わず声が上ずってしまったが、百代はそんな俺をみて「はあ」とため息を吐いた。気のせいではなかったようだ。

 体育館の壇上では各部活の紹介が始まり、今は運動部最後の部活紹介が行われている。野球のユニフォームを着た集団が自分たちの活動内容や今後の展望、意気込みを通して新入部員の勧誘をしている。運動部らしい元気の良さに魅かれて目を輝かせるものもいれば、その元気の良さに引いてしまい苦笑いを浮かべる者もいる。
 そして俺はそのどちらでもなかった。何か自分の興味がある部活があれば耳に入る声も違って聞こえたかもしれないが、現状は目ぼしい部活は特にないので、自然と時計と周りの人間観察を交互にしてしまう。
 長いな。
 時間の流れが遅いことを恨めしく思いながらそんなことを考えていた。近くでは米登が少し過剰ともいえる反応をあげていた。米登のノリの良さに俺もつられる——こともやはりなかった。
「……退屈じゃない」
 周りの喧騒の中、横からかすかに聞こえてきたように感じるその言葉のほうに目を向けると、壇上に視線を向けている百代の目は見知ったテレビの再放送を見せられているような、けだるげな眼をしていた。
 そんなに退屈で、寂しげな目をしていると、声を掛けたくなるってもんだ。
まあ、百代が自分の好みのタイプだったからとか、そういうやましい気持ちはないし、なにより男は誰かに頼られたいという気持ちはだれでもあるだろうからな。と自分に言い聞かせた。
「少なからず興味を示す奴も多少いるとはおもうがな」
「あんたはそうは見えないけどね」
「……」
 前言撤回だ。いくら見た目が良くても、こう小生意気な言動をされると多少は腹に来る。
「それに、あんたなら面白いことが分かるんじゃないの?」
 何度いわれても、俺にはそんな嗅覚や第六感を持ち合わせてはないと思うぞ。
「……!」
 壇上から大きな音が聞こえてきたので、百代に向けていた視線を、自然と壇上の方向に戻した。きらびやかな金管楽器をもった生徒たちが続々と壇上に上がってくる。
 文化部の部活勧誘が始まったようだ。吹奏楽の部員たちが準備を終えると、新入生たちはこれから奏でられる音楽に若干身構えたようだ。
「俺だって探している最中なんだよ」
 体育座りのまま両手を床に着きつつ、後ろに若干体重をかける。壇上からフルートの音色が体育館に響き始めた。
 溌溂と楽器を奏でる一、二歳年上の生徒たち。しばらく彼ら彼女たちに向けていた視線を再度百代に向けたが、百代は体育座りのまま額を膝につけると、下あごと唇を突き出し、軽い溜息をまた吐いていた。

 とまあ、昨日の部活紹介を再度思い返してみたが、興味を魅かれるようなことは特になく、百代の曇った表情を思い出したくらいだった。
「どうした、何かのどにでも詰まったのか?」
「いや、ちょっと嫌なことを思い出しただけだ」
 米登からの問いかけに、それ以上答えたくないと言うよう表情をわざと浮かべて顔をそらすと、クラスメートと談笑している百代の姿が目に入る。クラスの女子たちと楽しそうに談笑する姿は愛想がよく礼儀正しい女子にも見える。
 単純に男子を好ましく思っていないのだろうか。中学生にありがちだな。
「まあ……」
 学校生活なんて言うのはこういうものだろうし、傍から見ればこの学校の環境も百代が感じているほど悪くはないと思うけどな。
 不満なんてどこにだってあるだろう。俺の今日のパンだって少し湿気ってるぞ。あとで購買に文句でも言いに行こうか。
                      *
「どうするかな」
 ふと視線を上方に向けると教室に掛けられた丸い掛時計の針が一五時を回ったところだった。
 チャイムの鐘が鳴り響くなか、今から何をしようか物思いにふけっていた。本日の授業がすべて終わったため、クラスの生徒達は少なくなっていく。
 運動系の部活へと意気揚々と向かって行く米登達や、文化系の部活へと荷物をまとめて向かうもの、自宅へと帰るもの。
 皆それぞれの目的をもって行動に移していた。少数の俺のような者たち以外は。
「さて……」
 机の引き出しから一枚の紙を取り出した。つい先週体育館で渡された部活紹介のパンフレットだ。米登が入部したバスケ部や野球部、テニス部などの運動系。
 吹奏楽部や家庭家部、文芸部等の文化系。
 再度一通り、もう一度目を皿にして——見たがこれと言って強い興味は魅かれる部活はなかった。けれども、実際にどこかの部活に入ってみれば、学生生活、何かしらの楽しみはできるかもしれないとは若干思う。
 窓の外が徐々に賑やかになっていく。窓から外を見やるとテニス部がテニスコートで練習を始たり、野球部がそれぞれのポジションにつき始めていた。グラウンドの外周では陸上部が軽いランニングを始めていた。
 また、窓の上方からは吹奏楽の練習音が響いている。青春を奏でる音を聞き流しながら、しばらく部活動にいそしむ同級生達を眺めた後、荷物をまとめて席を立った。
授業も終わったことだし、そのまま帰宅してもよかったのだが、このまま帰っても特に何かやりたいことがあるわけではない。
 まあ学生の本分は勉学だから、やるべきことが全くないわけではないのだが。
そんなことを考えながら自身のクラスから出た俺は、クラスに最も近い階段を昇って行った。

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