【Novels】月日は百代の祝賀にて 第1話 ——最近よく見るんだよな、この夢——

庭園書庫

——最近よく見るんだよな、この夢——
 暗闇の世界から、ゆっくり目を開いて抜け出す。
 ぼんやりとした視界がはっきりしてくる。周りを見回してみるとなぜか見覚えのある洞窟の中で立ち竦んでいた。
 俺の中で洞窟は薄暗い印象だったが、洞窟内の岩壁自体が、何故だか発光しているように見え、視界はそこまで悪くない。
 近づいて確かめてみると、岩に付着した苔が緑色に輝いているようだった。初めて見た苔は歩くことに不自由しないほどの光量を放っている。
 明るく照らされた洞窟内をしばらく進むと、百メートル程先、洞窟の向こうに強い光が見える——出口であることは覚えている。
 速足で光の下へ向かうと、洞窟からの道はそこで途切れていた。視線を下に向けると、そこは崖となっている。際に立って何度目かになる崖下の景色を再び確認する。

 崖下に広がった空間には大小様々な高さのビルのような岩が聳え立っていた。ここからでもたくさんの人が居住区のようなそこから出入りしているのが見える。
 ただ俺が普段暮らしている環境と違うのが上空に見たことがない、魚のような生物が空を飛び、その魚たちと同じく子供たちも空を飛んでいた――いや違う、魚を追いかける子供は手足を動かしている。
 それは海の中で泳いでいるような光景に見える。
 俺自身も肌に軽い抵抗を覚えるが、プールの中で泳ぐよりは動きやすく、不思議なことに呼吸ができる。
 しばらくその不思議な光景を眺めていると、その光景が徐々に遠ざかっていくことに気付く。いつの間に自分の体を、泡のような空間にすっぽりと覆われていた。
 急激に上昇しているような感覚を体に覚えつつ、その泡のような膜が徐々に白く濁り始め周りが見えなくなる。若干の恐怖を感じ始めたが、突如その泡が音もなくはじけると、先ほどまでとはまた違う状況になっていた。

 どこかテレビの旅番組で見たことがあるような光景だった。
いつの間にか密林の中の開けた空で、しっかりと地に足がついている。先程までの景色はどこにも見当たらなかった。かわりに古ぼけた遺跡のようなものが目前に聳え立っていた。 
 鳥の鳴き声が響き渡るなか、しばらく遺跡の前で立ちすくんでいた。遺跡には正面に階段が設置されていて、階段を昇りきると近くには遺跡の入り口と思われるものがある。
 遺跡の内部は想像できた。けれど不思議と気持ちが遺跡へと吸い込まれるような感覚を覚え、いつのまにか階段を昇り、遺跡へと足を運んでいた。

遺跡の中は薄暗かったが、所々窓のように空いた、一メートル四方ほどの空間から強い光が差し込み、内部の構造自体はなんとか確認できた。
 建造されてからは相当年月が経過しているであろうか、石材の間には苔が生い茂っていたり、隙間から蔦が上部に向けて伸びたりしている。入口正面にはさらに上部に通じていると思われる階段がある。
 階段を昇りながら、時折開けた壁窓から外を見ているとあることに気付いた。何の変哲もない青空が広がっていたが、それは普段見る空より、青さが濃く際立って見える。
 理由はすぐに分かった。
 階段を昇りきると遺跡の屋上であろう、開けた最上階に到達した。そこから眼下の景色を確認すると数キロほど離れた場所に人の姿が確認できた。このあたりに住んでいる住民だろうか——などと考えを巡らしたのは一瞬だった。
 そのさらに向こう、最初は地平線かと思ったが、あり得ないものがそこにはあった。雲だった。地平線に雲が重なっていた。もう一度遠くに目を凝らしてみると大小さまざまな形をした雲が俺と同じ高さを漂っていた。
 この状況を信じるならここはもしかして——と、幻想的想像を頭の中でしばらく膨らませていた——が、目の端に白い靄のようなものを捉えて、再度辺りを確認しようと思った際には白い霧で足元すら隠れるほどであった。
 それに何やら奇妙な浮遊感を感じる。
 数メートル先の視界も確保できず、さらり上下左右の感覚が曖昧になる。少し冷や汗をかいていることに気が付いた際、ようやく白い靄が徐々に晴れてきた。

 今度は先程の幻想的に感じた風景とは正反対のものが俺の目に映っていた。
 俺はいま小高い丘のようなところに立っていた。
 夜なのだろうか、今いる場所は薄暗く、足元が何とか見える程度だった。ただ今いる丘のふもと、そこにはきらびやかなネオンのような光が雑多に輝いている。
海外ドラマにある中規模な街のように見える。とりあえずそこまで足を運ぼうと思う。このまま暗所にとどまる程の度胸はない。
 麓までは数キロ程距離があると思ったが、足を運ばせて気付いたのは、一歩一歩踏み出す足取りが非常に軽く感じる。小走りに走っているつもりなのだが全力疾走するようにぐんぐん前へと進んでいく。
 あっという間に丘の麓まで到着すると、目の前にはネオンの光を掲げた建造物が所狭く並び立っていた。暗闇に映えるネオンの光をより強く感じて目がチカチカする。目をそらすと建物の入り口近くに掲げられた看板が目に入った。
 近寄って看板を眺めてみると……まあ、予想通り書かれた文字を読むことはできなかった。それに、そこに書かれた文字には見覚えがなく、単に俺の知識不足とも思った。日本語のひらがなを崩したような文字にしか見えなかったが——どこかで見た覚えがあるような気もした。
 周りを見渡し、すれ違う人にここはどこか尋ねようと思った。けれど誰に声を掛けても俺に全く気付かないように通り過ぎてしまう。
 途方に暮れるなか何気なく俺の足から延びる影をみると、もう一つ誰かの影が重なっていた。
「ねえ、あなた」
 すぐ真後ろから声を掛けられた。若い女性——というか同い年程の幼い印象を受ける。見ず知らずの地で心細く感じていた為、その声は一筋の光明だった。俺はよろこび勇んで声の主に振り返った——。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました